2008年01月01日

会津伝説ルートめぐり @得道伝説のルート

@得道伝説のルート(約10.5km)

雀林の法用寺は、徳道上人の霊場巡礼によって、養老4年(720)に開山され、奈良の長谷寺と同様の開基縁起をもつ。
会津では得道上人と伝承されているが、同一の上人であろう。

現在でも会津での唯一の三重塔が建つ霊場で、大同2年(807)に徳一菩薩が再建、さらに仁王寺などが建立される


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会津伝説ルートめぐり A高寺伝説のルート(約8.9km)

A高寺伝説のルート(約8.9km)

高寺伝説は、梁国の僧青岩の草庵開基に始まる。高寺は以降、衰退をくりかえすも、
恵隆寺、上宇内薬師(国重文)などに「高寺おろし」として伝承をもつ。


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会津伝説ルートめぐり B役行者伝説のルート

B役行者伝説のルート(約10.6km)

修験道の開祖役行者(634〜706)は、19歳の時に法相宗の智通和尚にともない、飯豊山(2,105m)を開山したと縁起伝承されている。
会津のうちそとには、飯豊山の他にも、飯森山、飯谷山、飯盛山が重要な山々になっている。

新宮熊野・三浦一族の足跡が多いこの地区は、濁川の西側に南北にひろがる山の麓。猫魔ヶ岳を東方に見る幻の千光寺が、古代の面影を色濃く残す里山のルートである。


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会津伝説ルートめぐり C徳一伝説のルート

C徳一伝説のルート(約14.6km)

徳一菩薩(781〜842)が、会津の仏教文化の基礎を確立し、慧日寺、勝常寺(国宝)などの会津の5薬師の基本を樹立する。
最澄・空海との教学論争も有名である。

会津・磐城・筑波の寺院の多くを建立した。今でも徳一菩薩と地元では尊称されている。
法相唯一の華が古代に開いた仏都会津の菩薩である。


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会津伝説ルートめぐり D八幡太郎義家伝説のルート

D八幡太郎義家伝説のルート(約12.8km)

義家(1039〜1106年)は、武勇伝の代表格。平安時代の前九年・後三年の役で活躍し、黄金の平泉文化の樹立に大きく影響を与えた武者である。

その戦役の時、天喜5年(1057年)戦勝を祈って八幡大菩薩宮を勧進し、大和田八幡神社をはじめ、滝沢、高久に八幡宮を建立した。熊野三社を熊野堂に祈り、後に本宮を岩沢に、那智を宇津野に、新宮を小松原に移し、今の新宮熊野神社の基を築く。


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